不妊の原因は数多くありますが、誰もが訪れる最大の原因は加齢です。
「卵子の老化」という、もっとも多い原因を解決する方法は現在のところありません。
唯一、解決に近い方法は「若いうちに受精卵(胚盤胞)を凍結する」ことです。
複数の卵胞を採卵できれば、受精卵が複数生まれ、子宮に戻す1つ以外はすべて凍結保存されます。受精卵は凍結に強いと言われ、適切な環境なら長期間の保管が可能です。
女性の卵子は胎児の時代に一生分作られます。凍結胚は採卵した年齢の卵子を使うため、現時点では加齢を克服できる有力な選択肢のひとつと言えるでしょう。
しかし、凍結胚があれば万事解決というわけではありません。
「いつでも戻せる」と思われがちな凍結胚ですが、実は年齢によって移植できる上限が設けられています。
日本生殖医学会の会告(学会の報告)では、45歳以上の女性への移植は推奨されていないとされています。
この記事では、凍結胚の保管・移植のルールや注意点を解説します。
凍結胚が保管できるのは「生殖できる年齢まで」
日本産科婦人科学会の会告では
「受精胚の凍結保存期間は被実施者(あなた)が夫婦として継続している期間、かつ卵子を採取した女性の生殖年齢を超えないこと」
と規定しています。
さらに、日本生殖医学会の会告では45歳以上の女性への胚移植は推奨されないとしています。
「生殖できる年齢まで」という区切りは良くも悪くも曖昧なので、実際に移植できる年齢は各医療機関に委ねられています。
医療機関の中には45歳を超えても移植が可能なところもあるようですが、多くの医療機関では43~45歳までが限度と規定しています。
なぜ多くの病院では43~45歳で断られてしまうのでしょうか。
高齢妊娠は母体にトラブルが起こりやすいことと、保険適用の関係があります。
妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群などの増加…高齢出産のリスク
妊娠は母体に大きな負担がかかります。そのため妊娠中はさまざまな合併症のリスクがあります。
妊娠期間だけ糖尿病になる妊娠糖尿病、妊娠期間だけ高血圧になる妊娠高血圧症候群、高血圧で腎臓にダメージを与える妊娠高血圧腎症、子宮口に胎盤がある前置胎盤など、母子とも命に関わる危険な症状ばかりです。
高齢妊娠は若い世代に比べ、合併症リスクが高まります。たとえば妊娠糖尿病の発病リスクは35歳以上で20~24歳の約8倍もあります。
妊娠糖尿病は妊娠高血圧症候群の発症リスクを高め、巨大児になりやすく、難産になるおそれがあります。妊娠中は糖尿病治療薬の服薬ができないため、厳しい食事療法やインスリン注射で血糖値をコントロールしなければなりません。
さらに、産まれた子が糖尿病やメタボリックシンドロームになるリスクが上がるのが特徴です。妊娠糖尿病は母体を危険に晒すだけでなく、子供に基礎疾患のリスクを上げてしまう、重大な健康リスクを伴う合併症です。
妊娠高血圧症候群は40歳以上の妊婦の8%が発症するという統計があります。これは34歳以下の妊婦の2倍です。
妊娠高血圧は脳出血や脳梗塞を引き起こし、母体が亡くなる、または後遺症を発生させるリスクを上げます。
日本は妊産婦死亡率が10万人中5人(2015年統計)と、世界的に見ても非常に安全な体制が取られています。しかし、これらの合併症は命を落とすリスクがあり、命が助かっても健康に暮らすことが難しくなることもあります。
その悲劇を起こさせないためにも、多くの病院では移植に年齢制限を設けています。
保険適用できるのは43歳まで
移植は43歳まで、と規定する医療機関もあります。母体の健康面を考慮する側面もあると思いますが、「不妊治療で保険適用できるのが43歳まで」という制度上の理由が考えられます。
2022年から不妊治療が保険適用され、今まで予算で諦めていたカップルも体外受精など高度不妊治療を受けやすくなりました。
しかし回数制限があり、40歳以上の女性は3回までしか保険適用できません。
胚の移植も治療の一環であり、まだ治療が2回以下なら保険適用の対象になります。
母体のリスクも考慮して、早めのお迎えを
凍結胚があればいつでも妊娠できる、そう思って長期間保管してもらうケースが増えています。ある調査では半数以上の方が10年以上保管していることが分かりました。
たしかに凍結胚がある限りは妊娠のチャンスがあるのは事実です。採卵した年齢の胚なので、卵子の老化というリスクが解消しているのも事実です。しかし、母体の安全を考慮すると、できるだけ早くお迎えすることが望ましいでしょう。
早めにお迎えしたほうが良い理由は母体の合併症リスクもありますが、費用面もあります。凍結胚の保管料は有料で、毎年請求されます。最初の3年は保険適用されるケースもありますが、以後はすべて自費です。
しかも昨今は世界各地で大地震や火山の噴火など天災が続いています。医療機関が大きな災害に襲われて長時間停電が続くと、凍結保存に支障が出る恐れがあります。預けている医療機関が閉院するなどして、胚を破棄されるリスクもあります。
「凍結胚を安全に保管できる環境が壊れるリスク」も考慮して、いつお迎えするかカップルで話し合いましょう。
参考サイト
日本産科婦人科学会 ヒト受精胚および卵子の凍結保存と移植に関する見解
国立成育医療研究センター 日本における超高齢妊婦の妊娠予後を検証
メディカルトリビューン「急増する凍結胚、半数以上が10年以上経過」
ジネコIVFdoctor.jp 胚凍結について、 適用期間や範囲の 考え方は?
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