世界保健機関(WHO)の発表では、世界中の成人の約17.5%、約6人に1人が不妊を経験すると推測されています。
この割合は、先進国でも途上国でも大きな差はありません。先進国で17.8%、途上国・中所得国で16.5%という数値が報告されています。
(ただ、途上国は医療アクセスが悪く、先進国ほど患者さんの医療情報を網羅しているとは限りません。実際はこの数値より高い可能性があります。)
不妊は「特定の国、地域だけの問題」ではありません。医療が発達し、多くの人が最先端の医療を受けられる日本であっても、医療資源が乏しい国であっても、現状では不妊から逃れることはできません。6人に1人は「他人事」で片づけることは難しいでしょう。
「なぜこんなに不妊が多いのか?妊娠に至る複雑な過程」
なぜこんなに不妊の割合が多いのでしょうか。
その問いは「ヒトはどのような過程で妊娠に至るのか」を知ると納得できるでしょう。人が生まれるのは奇跡の連続です。
妊娠は、男性と女性双方の生殖機能が正常で、連携して初めて成立します。
男性の精子は、精巣で精原細胞が分裂を繰り返し、減数分裂(染色体の数が半分になること。女性の卵子と合わさり1つの新しい細胞になります。)を経て精子へと成熟します。
この複雑な過程を支えるには、正常にホルモンが分泌されることが必要不可欠です。しかしそれだけで正常であるとは限りません。
感染症などで高熱が続く、長時間のサウナ習慣などの生活習慣で精巣が温まりすぎると造精能力傷つきます。ストレスや偏った食事、生活習慣病などが原因で不調になることは珍しくありません。
女性の卵子は胎児期に卵母細胞が形成され、思春期以降にホルモンの刺激で少しずつ成熟します。成熟した卵胞は排卵によって卵子として放出されます。
卵子は年齢とともに卵母細胞の在庫数が減り、長期保管で質も低下します。卵子の老化は妊娠しやすさに直結します。
「女性は若いうちに結婚を」という昭和まであった風習は、経験則で卵子が老化する前に妊娠、出産を目指すことが最も効率が良いことが知られていたからでしょう。
精子と卵子が正常でも、出会わなければ妊娠は成立できません。
性交によって精子が女性の体内に入り、子宮頸管から子宮、卵管を通過しながら卵子に到達し、受精が起こる必要があります。その後、受精卵が分割を重ねて子宮内膜に着床して初めて妊娠が成立します。
もし排卵するタイミングでなければ、精子は子宮頸管を通ることができません。
卵管が詰まっていると精子や受精卵が通ることができず、妊娠することができません。
たとえ受精が成功しても、遺伝子に致命的な異常があれば成長できず、着床することができません。たとえ着床できても流産という悲しい結果になることがほとんどです。
妊娠は精子や卵子の形成、受精、着床まで数多くのステップを経なければ成立できません。どこか一つでも問題があると不妊の原因になりかねません。
「些細なトラブルが1つあるだけで妊娠は成立しない」
という事実を、まずはカップルで共有すべきでしょう。
「コロナ後遺症で、これから不妊の可能性がさらに増える可能性」
現状でも珍しくない不妊が、今後はますます増える可能性があります。その原因の一つは新型コロナウイルス感染の罹患後症状(いわゆるコロナ後遺症)です。
最近の研究では、新型コロナウイルスへの罹患が男性・女性双方の生殖機能に悪影響を与える可能性があることが報告されています。
男性への影響
コロナ感染後、男性の精子のコンディションが悪化することは証明されています。男性が新型コロナに感染すると、精子濃度や総精子数、運動率が有意に低下するという報告があります。
感染後3〜6か月の間に精子濃度と運動率の改善は見られましたが、感染直後~回復し間もない段階では精子のコンディションに支障が出ることがあります。そしてコンディションが悪化しても、WHO基準で男性不妊に陥るほど悪化はなかったとされています。
時間をかけて回復できれば良いですが、そうとは限らないのがコロナ後遺症の特徴です。軽い罹患症状であっても100日以上経っても精子の状態が改善しないという報告もあります。
女性への影響
女性は男性に比べてコロナ後遺症になるリスクが高く、強い倦怠感で寝たきりになり、日常生活が送れなくなることがあります。
徐々に回復することもありますが、少しの負荷で再び悪化することも珍しくありません。
コロナ後遺症は多種多様な症状が表れ、その種類は数百種類もあると考えられています。急性症状(感染後の激しい症状)が治まった後も体内にコロナウイルスが留まり、長期間炎症を起こすことが原因と考えられています。
「日常生活に支障が出るほどの強い疲労感」「認知障害」「止まらない咳」「味覚障害、臭覚障害」「睡眠障害」など、多種多様な症状が表れます。
睡眠障害はホルモンバランスや排卵周期の乱れを起こすリスクになります。たとえ軽度の後遺症でも、日々の不調で妊活のモチベーションに悪影響を及ぼす可能性があります。
コロナ後遺症は、ただの風邪と感じるほど軽い急性症状でも発生リスクがあります。コロナに感染するたびに後遺症発生リスクが上がると言われています。
感染後は「抗原検査で陰性になってから」不妊治療の担当医に相談し、検査を受けましょう。精液検査やホルモン検査など、妊活の基本的な検査を受けることが理想的です。
定期的なワクチン接種は後遺症リスクを下げます。感染した株や摂取したワクチンの種類などで確率は左右されますが、2回接種で未接種に比べると、おおよそ20~30%ほどリスクを下げるという統計があります。
残念ながら100%防ぐことはできません。しかも現行のワクチンは半年ほどで予防効果が消滅します。重症化の予防効果は長く続きますが、定期的なワクチン接種を行っても、後遺症を完全に防ぐことはできません。
しかしリスクを低減させる効果はあります。
少しでも後遺症リスクを下げるためにもマスクや手洗い、手指消毒、定期的なワクチン接種などの感染対策を続けましょう。
参考サイト
1 in 6 people globally affected by infertility: WHO
厚生労働省 新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(いわゆる後遺症)について
PubMed Effect of covid-19 vaccination on long covid: systematic review
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