ヒトの妊娠率は、年齢が上がるほど妊娠率が低下することが知られています。一般的に35歳ごろから妊娠率が下がり、40歳を超えると20代に比べて4割まで妊娠率が低下します。これは卵子の老化が原因です。
都度新しく造られる男性の精子とは異なり、女性の卵子は生まれる前に一生涯分作られます。胎児の時代に作られた卵子の元は、何十年も卵巣の中で待機しています。そのため年齢を重ねると卵子が老化し、受精後の細胞分裂でエラーが起こりやすくなります。
女性の社会進出が進み、晩婚のカップルが増えている現在、「卵子の老化」は克服が望まれる難題のひとつです。しかし、この老化の仕組みを改善できる研究結果が発表されました。
その研究結果によると、老化した卵子に特定のタンパク質を補うことで、正常な細胞分裂が回復する可能性があると報告されています。
まだ実験段階で実用化されるには長い年月が必要ですが、未来の不妊治療を大きく変える可能性のある研究結果と言えるでしょう。
参照:日本生殖医学会 Q22.女性の加齢は不妊症にどんな影響を与えるのですか?
女性は年齢とともに卵子が老化し、受精後の細胞分裂でエラーが起こりやすくなるため、35歳頃から妊娠率が低下し、40歳では20代の約4割まで下がることが知られています。これは染色体をつなぎ止めるタンパク質の減少が一因とされ、染色体異常や流産のリスク増加につながります。近年の研究では、加齢で減ったタンパク質「SGO1」を卵子に補うことで細胞分裂の正常化が部分的に回復し、染色体異常の割合が減少する可能性が示されました。ただし実験は小規模で、実用化には大規模な臨床試験や安全性の確認が必要です。妊娠率向上につながるかも未確定であり、現段階では将来の不妊治療を変える可能性を秘めた初期研究といえます。
細胞が老化すると細胞分裂エラーが起こりやすい原因
受精後、卵子は細胞分裂を繰り返して胚になります。受精から7日後に胚盤胞まで成長し、孵化して子宮内壁に着床して妊娠が成立します。
しかし加齢した卵子はこの細胞分裂がうまく進まず、染色体の数が正しく分かれないことがあります。これを染色体異常と呼び、致命的なエラーを起こす原因になります。染色体に致命的なエラーが起こると、生命の維持ができないため、着床しても流産する原因になります。
染色体異常は若い卵子から生まれた受精卵でも一定数発生します。しかし加齢が進んだ卵子はその確率が上昇することが知られています。
今回の研究によると、細胞分裂がうまくできない理由のひとつに、染色体をつなぎ止めるタンパク質が減少することが分かりました。このタンパク質が加齢とともに減少することで染色体の結合が弱くなり、細胞分裂のエラーが起こりやすくなると考えられています。
老化した卵子にタンパク質を補う実験が成功しました
この発見で卵子の老化のメカニズムの一部が明らかになりました。では「加齢で減ったタンパク質を補う」と細胞分裂が正常に進むのでしょうか。
患者さんから提供された卵子にSGO1(シュゴシン1)というタンパク質を補い、細胞分裂がどれだけ正常に進むかの実験が行われました。
SGO1は、染色体を正常に分裂するのを支えるたんぱく質です。しかし卵子は年齢とともにこのタンパク質が減少することが知られています。研究チームは、このたんぱく質を作るためのmRNAを卵子に注入する方法を試しました。
細胞の中でたんぱく質や抗体などを作る設計図がmRNAです。mRNAに必要な情報を書き、それを細胞に届けるとmRNAをもとに転写、翻訳してたんぱく質を合成します。転写が終わったmRNAはすぐ分解されるため、人体に大きな問題は引き起こさないと考えられています。
その結果、SGO1を注入した受精卵の染色体異常の割合は、そうでない受精卵に比べて53%から29%に減少したと報告されています。35歳以上の女性の卵子に限れば、65%が44%まで減少しました。(ただし35歳以上の女性の卵子は9個のみ)老化で細胞分裂の能力が衰えた細胞をタンパク質の注入で改善できる可能性が示唆されました。
一般的に、老化は食い止められないものだと考えられていました。老化の原因を突き止め、改善策の第一歩が示せたのは、画期的な成果と言えるでしょう。
参照:Human eggs ‘rejuvenated’ in an advance that could boost IVF success rates(Medical research)
実用化までは遠い道のり
しかし、「SGO1の注入で卵子の細胞分裂機能を回復させる」という技術が実用化されるとは限りません。たとえ実用化されても、十年以上先になる可能性は十分ありえます。将来、不妊で苦しむ女性を救えるかもしれませんが、現時点ではまだ「夢の技術」の段階です。
画期的な研究なのは間違いないですが、2026年現在ではまだ小規模な実験の段階であることは忘れてはいけません。動物なら問題なくてもヒトに行うと致命的な問題を引き起こすおそれがあるからです。さらに研究を続け、将来生まれる子の影響がないかを十分に調べなければなりません。
さらに、今回の研究はごく少数の卵子が対象です。実用化のためには、大規模な臨床試験が必要です。現在、臨床試験の準備が進んでいるため、数年後の結果に期待しましょう。
さらに重要な点は、染色体異常が減っても、それが実際の妊娠率改善につながるとは限らない点です。女性の不妊の原因は卵子の老化だけではありません。加齢で母体にもさまざまな問題が起こることがあります。
加齢で子宮内膜症や子宮筋腫など、婦人科疾患の罹患率が上がります。これらの疾患は着床を妨げ、妊娠しにくくなることがあります。たとえ卵子の細胞分裂能力を回復させても、母体の問題で思うように妊娠できない可能性はあります。
たとえこの技術が実用化されても、ただちに妊娠を望む女性がすべて妊娠、出産できるとは限りません。しかし、酸素を使う生物の宿命である「老い」の壁を乗り越えられる可能性が示唆されました。細胞の老化システムが解明し、その改善策が実用化されたら、現在の不妊治療の問題がひとつ解決するかもしれません。
参考サイト
Human eggs ‘rejuvenated’ in an advance that could boost IVF success rates(Medical research)
日本生殖医学会 Q22.女性の加齢は不妊症にどんな影響を与えるのですか?
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