新型コロナウイルスワクチンで有名になったm-RNA医療ですが、本来はがん治療や遺伝子疾患など、様々な病気に対応が期待されています。
もちろん不妊治療への技術開発も進み、非閉塞性無精子症(NOA、ホルモン値は正常なのに精巣の造精機能が低下する症状)のマウスが精子を造る機能が回復したという実験が成功しました。
NOAはおたふく風邪やがん治療の後遺症、遺伝子欠損など多くの原因がありますが、根治する治療法は2026年現在まだありません。現在でも精巣を切開し、わずかな精子を採取する手術もありますが、それでも必ず採取できるとは限りません。
m-RNA治療はこの難治性の不妊症を解決する可能性があり、研究が続いています。
m-RNA医療は新型コロナワクチンで注目されましたが、本来はがんや遺伝子疾患、不妊症など幅広い治療への応用が期待されています。大阪大学と米ベイラー医科大学の研究では、遺伝子欠損による非閉塞性無精子症(NOA)のマウスにm-RNAを投与すると精子形成が回復し、正常に繁殖できる子マウスも誕生しました。m-RNAは不足するタンパク質の設計図を補うことで造精機能を一時的に回復させる仕組みですが、まだ動物実験段階であり、人への応用には安全性・有効性を確認する複数の臨床試験が必要です。実用化には長い時間がかかる可能性が高く、現時点では手術による精子採取など既存の治療が中心となります。不妊治療を検討する場合は、まず専門医に相談することが重要です。
動物実験のm-RNA治療で造精機能が回復しました
大阪大学とベイラー医科大学の共同研究で、遺伝子欠損マウスにm-RNAを投与する治療をしたところマウスの精子の形成が再開し、その精子を卵子に体外受精させたら子マウスが生まれました。しかも子マウスは正常に発育し、生殖力もあることが分かりました。
まだマウスで動物実験の段階なので、実現するにはまだ多くのハードルがありますが、遺伝子疾患が原因のNOAを治療できる新技術として注目されています。
なぜm-RNA治療で精子を造る機能が回復したのでしょうか。
m-RNAはタンパク質を造るための設計図です。遺伝子疾患で精子を造るタンパク質を合成できない男性でも、精子を造るタンパク質の設計図を受け取れば一時的に精子が造れるようになります。
m-RNAは遺伝子の二重らせんがほぐれ、遺伝情報を転写(コピー)して作る一時的な設計図です。真核生物の細胞では日々、DNAからさまざまな種類のm-RNAが転写され、m-RNAが細胞のリボソームという器官に結合して翻訳されて、タンパク質を合成します。
しかし、遺伝子疾患である種のm-RNAが転写できないと必要なタンパク質が合成できなくなり、さまざまな病気を引き起こします。NOAの一部には精子形成に必要なタンパク質が十分に合成されないことがあり、これが不妊につながると考えられています。
人体で作れないm-RNAを注射投与して細胞に送り、必要なタンパク質の合成を促すのが、この治療の趣旨です。
足りない機能を一時的に補うという点では、ホルモン剤を服用したり注射で補充したりする治療と近いイメージで捉えると分かりやすいかもしれません。
m-RNAはとても脆く、一定期間で壊れてしまいます。m-RNAが壊れるとタンパク質の合成ができなくなります。
まだ動物実験の段階です。期待しすぎは控えて
マウスの実験では、遺伝子疾患が原因のNOAの克服に成功しました。もちろん画期的なのは間違いありませんが、実用化にはいくつもハードルがあります。
ヒトとマウスは身体の構造が違うため、マウスには効いてもヒトには効かないというケースは珍しくありません。思わぬ副作用が出る可能性もあり、実用化にはまだまだ多くのハードルがあります。
日本の薬の試験では、動物実験が成功したら厚生労働省の外部機関(医薬品医療機器総合機構・PMDA)に治験の申請を行います。
PMDAから許可されたら少人数のヒトを対象に薬の「安全性」を確かめる臨床試験第Ⅰ相(Phase I)を行います。これをクリアしたら少人数のヒトを対象に薬の「効能」を確かめる臨床試験第Ⅱ相(Phase II)を行います。
ここで効能が実証されたら、大人数のヒトを対象にした臨床試験第Ⅲ相(Phase III)を行い、効果や安全性の最終確認を行います。これをクリアして、ようやく医療機関で治療を開始することができます。
今回の実験は新技術のm-RNA療法が生殖治療にもつながる可能性が示唆され、治療に期待が持てる結果になったことは事実です。
しかし人間に応用できるまでは最低限、この3つのハードルをクリアしなければなりません。臨床試験だけでも長い時間がかかることは心に留めておきましょう。
特に、生殖に関わる治療は生まれる子どもの健康と人生に関わるため、試験はより慎重になると予想されます。通常の臨床試験でも最低数年かかりますが、それ以上の時間を費やすかもしれません。それでも100%実用化できるわけではなく、安全性が十分に確認できない、効果が限定的などが理由で、開発が中止されるケースも少なくありません。
2026年現在でのNOAの治療は、手術で精細管を採取し中に精子がいるか確認する顕微鏡下精巣内精子採取術などの選択があります。精子が採取できれば顕微授精で受精卵を作り、胚盤胞まで分裂できれば母体に移植して妊娠のチャンスを得ることができます。
しかし遺伝子疾患の方がこの手術を受けると男性ホルモンのテストステロン低下症を起こすリスクがあり、慎重に検討しなければなりません。
NOAと診断された方で不妊治療を検討しているなら、まずは現在受けられる検査や治療について、専門医と相談しましょう。m-RNA療法は将来、画期的な治療法になる可能性はありますが、その将来がいつ実現するかは誰にも分からないのです。
参考サイト
EurekAlert! m-RNA療法はマウスの精子生成と生殖能力を回復させます
東邦大学医療センター 大森病院リプロダクションセンター(泌尿器科) 非閉塞性無精子症
コメント